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お城巡り(滋賀県3名城)_VOL2
皆さんこんばんは。\(⌒日⌒)/
前回、滋賀県のお城巡りについて書きましたが、本日はその続編です。前回のお城巡りについて見ていない方は、前回の記事を是非ご覧ください。

shiga12.jpg安土城を巡った後、また自転車に乗って15分ほどのところにある観音寺山(標高443m)へ向かいました。ここはあまり有名ではありませんが、近江国(滋賀県の旧国名)守護大名、六角佐々木氏の居城がありました。観音寺城です。六角氏は、鎌倉時代から近江国を支配する有力な大名でしたが、中世から戦国時代にかけて、観音寺山一帯に巨大な山城を築城していました。今も、当時の石垣など遺構が残っています。
観音寺山へ登るルートは2ヶ所あり、一つは、西国三十三ヶ所霊場で三十二番札所となっている「観音正寺」を経て登るルート、あと一つは、裏手の桑実寺を経由して登るルートがあります。観音正寺は石段が400段以上ある結構きついところと聞いていたので、地図では楽にいけそうな桑実寺を経由して行くコースを選択しました。


shiga13.jpgところが、このルートは、後で後悔するほど、危険でハードなルートでした。まずは桑実寺までの石段を登っていかなくてはなりません。これが想像以上にきつかったです。特に安土城を巡った後では尚更です。



shiga14.jpg心臓の鼓動がバクバクなるほど息切れしながらやっとの思いで、桑実寺へ到着。ここで、日本百名城のスタンプをGETしました。で、ここで引き返せばいいものをやっぱり城跡を見ないと、スタンプ押しても見たことにならないと変な意地を張って、城跡へめがけて出発しました。
ちなみに桑実寺に入るのにお金がかかります。(拝観料込です)城跡の一部も桑実寺の領域ということで通過する時は必ず拝観料を払うことになります。



shiga15.jpg山を登ること、約40分以上かけてようやくお城の本丸(中心)に到着しました。写真を見ての通り、雪で覆われて、遺構が隠れてしまっています。こんな雪なので誰もおらず私一人だけでした。



shiga16.jpg観音寺城の説明版です。拡大して読んでみてください。




shiga17.jpgせっかくなので、辺りを歩いてみたらなんとか石垣とか当時の遺構をみることができました。



shiga18.jpg雪がなかったらもっとはっきり見ることができましたが、今回は残念ながらこの程度しか見ることができませんでした。観音寺城の石垣は、他の城と比べて積み方が少し雑で、整然としていませんでした。まだ、築城時は石垣の技術が発達していなかったことを表しています。でもこんな山の上に石垣を築くこと自体が当時は大工事であったことが推察できます。


shiga19.jpgさて、帰り道ですが、来た道と同じコースです。登る時は撮影する余裕がなかったので写真はありませんが、帰り道で撮影しました。見ての通り、雪で道が滑る、ドロドロ状態で大変でした。私は、軽装で靴もウォーキング用で登山靴ではなかったので、何度か怖い思いをしました。



shiga20.jpg山道で、道がガタガタしていますので、何度か滑りかけて転落するのではとハラハラしました。この時、本当にこのルートを選んで失敗したと思いました。






shiga21.jpg軽装で、この山を登った事を反省すると同時に、今後はこんな無謀な事は止めようと思いました。ともかく、細心の注意を払いながら、滑らないようにゆっくりと下りました。



shiga23.jpg帰りも40分以上かけて山を降りて、ようやく桑実寺に到着。そのまま、更に山を降りていきましたが、足がかなりガクガクしていました。



shiga24.jpg山を降りてから自転車に乗って安土城方面へ戻り、安土城と観音寺城の中間にある「信長の館」(資料館)へ向かいました。ここには、セビリア万博で出展された安土城の天守閣を一部復元したものが展示されています。この近くにレストランがあり、昼食をとりました。昼食は、近江牛を使った牛丼です。これでお値段が1000円です。吉野家の牛丼が3杯食べられるお値段です。味は、まぁそこそこといった感じで近江牛の良さが感じられませんでした。

このあと、信長の館を参観(入場料¥500)して、安土駅へ戻りレンタルサイクルを返却しました。やはり所要時間は5時間経過していて、レンタル料金の精算で返金はゼロでした。結構、巡るのに時間がかかってしまいました。

次回は、国宝彦根城を巡った時の事を載せていきます。



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【2013/02/13 22:20】 お城 | トラックバック(0) | コメント(0) |
お城巡り(滋賀県3名城)_VOL1
皆さんこんにちは。ヽ(^0^)ノ
連休最終日となりましたが、この連休は皆様はどこかへお出かけになられたのでしょうか?
私はというと昨日、滋賀県の安土城、観音寺城、彦根城を巡って来ました。これらのお城は、日本百名城に含まれるお城です。特に安土城は、織田信長の居城であり、誰もが知っているお城です。

安土城、彦根城は過去3度訪ねていますが、今回は「日本百名城スタンプ」GETすべく再訪した次第です。 「日本百名城スタンプ」は日本城郭協会が認定した100城を、巡ってスタンプを集めるスタンプラリーで、かなりのお城好きの方が集めています。
詳しくはこちらをご覧ください。
日本城郭協会 100名城スタンプラリー

安土城、観音寺城は、山にあるお城なので、普段運動不足の私にはかなりきついものになり、帰宅後はメッチャ筋肉痛になり今も、痛みが続いています。


shiga1.jpg最初に訪ねたのが安土城です。安土城は、JR東海道線の安土駅から徒歩で30分ほど、駅前にレンタサイクルがあり自転車で10分ほどの距離にあります。駅に着いてまずは観光案内所で、地図とコースを教えてもらいました。案内所の隣に、レンタルサイクルのお店があるので、そこで自転車を借りましたが、そこでも別の地図をもらい丁寧に教えてもらいました。自転車は、5時間で1000円で、一旦1000円を払い、返却時に時間によって精算するとのことでした。ちなみにレンタル料金は2時間で500円3時間で700円ぐらいだったと思います。安土城の入口前に自転車を停めて、ゲートで入場料を払いましたが、日曜・祝日は、安土城内にある聰見寺(そうけんじ)という織田信長が創建し織田信長の菩提所となったお寺で、非公開の信長像(木造)を公開しているとのことで拝観料セットで1000円を払いました。
20年前に来た時は、安土城は、無料でしたが、整備費用とかで入場料を取られます。ただの石垣だけのお城に500円は高いという人は結構いるようです。私も高いのではと思いました。入口入るとすぐに大手道と呼ばれる安土城の正面通路みたいな道(階段ですが)があります。この大手道を挟むように両脇に、織田信長の重臣の屋敷が建っていました。


shiga2.jpgこの場所が、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の屋敷があった場所です。




shiga3.jpgこの石段の中には、石仏が使われています。罰当たりなことですが、戦国時代は、築城時に石材が不足する中、付近の寺院から石仏や灯篭を徴収して流用することが多かったのです。他の城は石垣に使うことが多いのですが、足で踏まれる階段に使うとは、いかにも神仏を恐れない織田信長らしいなと感じました。


shiga4.jpg私が訪ねる前日にこの辺一帯は雪が降ったそうで、雪がかなり残っていました。雪解けにより地面も泥になったり氷状態になって歩きにくい状態でした。私以外もカップル(夫婦かも)で訪ねている人がちらほらいましたが、歩きやすい靴で来ていました。このよう城は、整備も十分ではなく舗装もされていませんのでスニーカーや歩きやすい靴、ヒールのない靴で来るのがベストです。
でも中にはヒールのやや高いブーツやパンプスで来る人もいました。このような靴では怪我をしやすいので、お城を巡る時は絶対避けて欲しいです。


shiga5.jpg山の上をかなり登った所に、織田信長の小姓で寵臣で有名な「森 蘭丸」と織田信長の甥で明智光秀の婿でもあった「織田信澄(おだ のぶずみ)」の屋敷跡があります。
今では、鬱蒼と茂った木立ばかりで屋敷があったとは想像はできません。


shiga7.jpg頂上近くにある三の丸付近に、織田信長の霊廟があります。この写真に写っている小さな祠みたいなものに日本百名城のスタンプが置かれています。



shiga8.jpg霊廟から本丸跡にある天守台に移動します。ここには、六層七階の高層な天守閣が建っていましたが、築城してからわずか3年後の本能寺の変で焼失してしまいました。
焼失した理由は、織田信長の次男の信雄が焼いてしまったとも、明智光秀の駐留軍が、山崎の戦いで羽柴秀吉に敗走にしたことにより撤退する時に火をかけたなど諸説があります。


shiga9.jpgこれが天守台の全景です。今は、礎石しか残っていません。




shiga10.jpg安土城の天守閣に関する説明文です。クリックすると拡大しますので、ご覧ください。



shiga11.jpg天守台からの眺望です。琵琶湖や周囲の様子が一望できます。





天守台で休憩しながら眺望を楽しんだ後、また階段を降りていき入口近くにある聰見寺を参観しました。織田信長の木像を見たのは初めてですが、私が見てきた肖像画や伝記から掴んでいる織田信長のイメージとちょっと違った印象を受けました。聰見寺では、茶室で、抹茶と茶菓子の接待があり、ここでしばし休息をとりました。

次回は、安土城の近くにある「観音寺城」と「彦根城」について書いていきます。


【2013/02/11 13:02】 お城 | トラックバック(0) | コメント(0) |
和歌山城を訪ねて・・・
皆さんこんにちは。最近、仕事が忙しくなり、長らくブログの更新が止まった状態が続いています。
こういう状況ですが、先週の日曜に時間を取って朝から大阪の隣の和歌山県へ行ってきました。
目的は和歌山城を訪ねる為です。大阪からJRの快速で1時間半で行ける距離で、今まで行こうとは思っていましたが、先延ばしにしていました。
当日は、天気が良く、運動も兼ねて出かけようと考えていた時にふと和歌山城の事を思い出し訪ねてみることにしました。

wakayama1.jpg和歌山城は、江戸時代、徳川御三家の一つ紀州徳川家の居城でした。戦前までは、国宝に指定された天守閣もあったのですが、戦争により焼失し、昭和30年代に復元された復興天守閣が建っています。もちろん、鉄筋コンクリートの外観だけ模倣したちょっと味気ない天守閣です。

wakayama6.jpg天守閣に登閣するには入場料が大人は一人400円かかります。天守閣の中には、徳川時代の甲冑や火縄銃、文書などが展示されていましたが、思った以上に展示物が少なくちょっとばかり残念でした。ですが、ボランティアガイドの人が、展示物について観光客に熱心に説明していました。ガイドさんが無料で案内してくれるのは良いサービスであると感じました。
天守閣の最上階から市内を眺望したところです。前方には和歌山湾が見え、海が近いことがすぐにわかります。眺めは良く、有名な真言宗の総本山である高野山も見ることができます。

wakayama2.jpgお城好きの人や建築や城郭建築の専門家以外は関心が薄いのが石垣です。和歌山城は、徳川家が入城する前は、豊臣秀吉の子飼いの武将、浅野長政、長晟(ながあきら)の2代の居城で、その前は豊臣秀吉の弟の秀長の領地で城代が置かれていました。このように城主が変遷しているので各城主の築城や改築時に作られた石垣が異なっています。この写真の石垣は大手門(お城の正門)付近の石垣ですが、徳川時代のモノで切り込みハギという積み方で、石垣を作る際に見栄えを良くするために石を加工・整形しています。

wakayama5.jpgこちらの石垣は和歌山城築城時の初期の石垣で、野面積み(のづらずみ)といいます。加工せず石をそのまま積み上げたような積み方です。この当時は、石材が不足していたようで、転用石と言って寺院にあった墓石や宝筴印塔(ほうきょういんとう)などを使っていました。結構罰当りな事を昔は平気にやっていたようです。

wakayam3.jpg和歌山城には昔の遺構が残っており、写真はありませんが岡口門が当時のものとして残っています。また平成18年に「お橋廊下」が再建されています。この廊下は藩主が住む二の丸と西の丸を結んでいました。当時は藩主と一部の側近しか通ることができませんでした。その為、単なる橋ではなく見えないように廊下のような橋にしたと言われています。

wakayama4.jpg橋の中を歩くことができますが、上から下に歩くと床が滑り止めのように段差があるので歩くと痛いのです。下から上がるのであれば痛くはないと思いますが、当時はこんな歩きにくい橋だったのか疑問に感じました。

このように和歌山城には他のお城にない石垣の特徴や良さがあります。もうじき梅の開花時期になりますが、な梅を見に来たついでに和歌山城に寄って見てはいかがでしょうか。


【2013/01/21 00:19】 お城 | トラックバック(0) | コメント(0) |
城郭検定試験を受験してみて
皆さんこんばんは! 大阪は一昨日は雨であいにくの天気でしたが、昨日はカラッと晴れていいお天気でした。

さて、昨日は城郭検定試験を受験してきました。この試験は、趣味の検定試験みたいなもので公的な試験でもなく、仕事でも全く役に立たない試験ですが、お城好きの人には自分の知識を確かめる良い機会となっています。
今回は第一回で、私は2級を受験してきました。1級はまだありません。3級と2級から始めているようです。

会場は一箇所でしたが、年配の方から若い世代、子供まで受験生がいました。女性も少人数でしたがいおられました。意外とお城好きがこんなにいるんだと実感しました。

試験時間は1時間、問題は100問あり、マークシートで解答する選択問題となっています。70問正解で合格となります。事前に公式問題集で勉強していましたが、問題集にない問題も何問か出てきました。問題の中には、深く勉強していないとわからない問題もあり、問題を作る過程で工夫されていることは感じられました。

私の自己採点では、90問、最低で85問は正解しているはずなので、合格できていると自信を持っています。
ですが、やはり勉強不足であったことも自覚しまして、今後出来るであろう1級に向けて学習に取り組んでいきたいと思っています。

城郭検定について詳しく知りたい方は下記のURLをクリックして下さい。
城郭検定試験

ちなみに来年の試験は5月12日(日)に第二回目の試験が行われるようです。興味のある方は是非受験してみて下さい。




【2012/11/13 00:32】 お城 | トラックバック(0) | コメント(2) |
九州旅行記 by 熊本県人吉観光編1
皆さんこんばんは。\(^▽^)/!

先日に引き続き、九州旅行記を綴っていきたいと思います。今回は、熊本県の人吉市です。
熊本県人吉市は、前回のブログでも紹介したように、古い城下町で、相良氏が700年もの長きに渡り治めてきた歴史ある町です。市内には日本三大急流の一つ「球磨川」(くまがわ)が流れています。

hito2.jpgSL人吉で、人吉駅に到着した私は、すぐに観光案内所で地図をもらい、自転車をレンタル(終日¥500)して、市内へ出かけました。まずは、第一の目的地、「人吉城」へ向かいました。人吉城は球磨川とその支流「胸川」の合流点にある山に築かれた城で二つの川を堀として利用しています。2万5千石の小藩にしては規模の大きい城です。人吉藩は、表高(江戸幕府に届けて出ている石高)は2万5千石となっていますが、実際の収入は、5万8千石と倍以上の禄高があり、米が多く取れた地域なのです。その余剰米を使って作られたのが有名な「球磨焼酎」なのです。人吉城は、明治時代に入り、多くの建物がは壊されて、西南戦争でも戦場となり遺構は残っていない状況でした。平成に入り、長塀や長屋門などが復元されました。また平成17年に城内にあった重臣の屋敷跡(相良清兵衞屋敷」に人吉歴史館が建てられ、人吉城の発掘調査で出土した遺物や相良氏の歴史、人吉城の歴史について学ぶことができます。


hito3.jpg人吉城の長屋門と長塀が、美しい清流に映えてとても、綺麗でした。さっそく城内に入り、まずは「人吉歴史館」へ向かいました。




hito4.jpg人吉歴史館前に到着した時に、昼食をとっていなかったので、SL人吉で買った弁当を食べました。素朴な食材で作られた弁当で、味も美味しかったです。この弁当は、SL人吉では人気の弁当とのことでした。食事を終えて、さっそく「人吉歴史館」へ入りました。歴史館の中には上記に書いた展示物以外に他では見ることのできない遺構が展示されています。それは石造りでできてている地下室で、中には井戸が掘られ、未だに何の目的で作られたのかはっきりしていない遺構なのです。


hito5.jpg人吉城は、別名が「繊月城」(せんげつじょう)と呼ばれています。お城には、正式名の他、別称が付けられていることが多く、例えば有名な姫路城は白鷺城、熊本城は、大銀杏があることから銀杏城(ぎんなんじょう)、その他多い名前が、舞鶴城などです。人吉城は、築城時に三日月模様の石が発見されたことにより繊月城と名付けられたそうです。繊月とは季語で三日月を指します。
ところで、この石垣は、他のお城には見られない特徴があります。石垣の上が突き出ていますが、これを武者返しと呼ばれる防御用の仕掛けなのですが、これらは、幕末に海外の築城技術が伝わってできたものと言われています。日本では、北海道の函館にある西洋式城郭である五稜郭とこの人吉城しかないとのことです。


hito6.jpg石垣沿いを歩き、人吉城の城跡に入っていきます。人吉城は丘陵を利用した平山城ですので、山の上を少し登ると石垣群を見ることができます。





hito7.jpg見事な技術で築かれた石垣です。このような石垣を城内のあちこちで見かけることができます。小藩のお城としては立派なものです。





hito8.jpgさて、石段を登って城内の奥へ進んでいきます。この日も気温が高く、おまけに猛暑で陽射しも強く、日傘がなかったら相当な日焼けをしていたと思います。それでも雨が急に降ったりするので傘は持ち歩かないと困ってしまいます。このような時は晴雨兼用の傘は重宝します。





hito10.jpg汗を猛烈にかきながら、息を切らしてようやく見晴らしのいい広場に到着。このような広さと大きな石垣があることからここにも過去建物はあったと思われます。
天気は良く、青い空と大きな雲が浮かび夏らしい景色を見ることができました。



hito12.jpg小高い場所から、人吉市内を眺望したところです。絵のような空の青さに、すがすがしいい思いをして暑さを忘れるほどでした。ほんといいところです。
このような素晴らしい景色は大阪では見ることはできません。




hito13.jpgこの写真は、同じ場所から別方向で撮影しました。正面の川は、人吉市内を流れる「球磨川」です。





hito15.jpg今度は、反対に城内の方向で撮影しました。暑くなければ、このような広場で寝転がりたいと思ったのですが、うだるような暑さにさすがにそんな気は起きませんでした。 もうちょっと時期をずらして秋に来ればよかったと少し思いました。
城跡を今まで多く見てきましたが、人吉城は、城跡からの景色が良くとても気に入りました。また来てみたいと思ったほどです。


今夜はこの辺で終わります。次回は、人吉観光編2となります。




【2012/09/23 11:51】 お城 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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